理研BSIニュース No.38(2008年1月号)

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BSIでの研究成果

神経突起が伸びる方向を変えるしくみを発見

神経成長機構研究チーム


図1:ニワトリ胚由来の培養神経細胞の成長円錐

私たちの感覚・行動・思考・情動などすべての脳機能は、体中にくまなく張り巡らされた神経回路網の配線の正確さに依存しています。神経回路がつくられるとき、個々の神経細胞は細長い突起を伸ばしていき、離れた場所に存在する標的細胞とつながります。私たちの体の中で最も長い神経突起は1メートル以上にも及びますが、驚くことに、神経突起は決してその道筋を間違えることなく遠い標的まで辿りつくことができます。伸びている神経突起の先端部には“成長円錐”と呼ばれるアメーバ状に広がった運動性に富む構造が観察されます(図1)。成長円錐が通過する道筋には、“ガイダンス因子”と呼ばれる道路標識のような因子が多種存在します。 ガイダンス因子は、成長円錐を引き寄せる“誘引因子”と、遠ざける“反発因子”に大別されます。成長円錐はこれら2種類の標識を感知することで自らの進行方向を臨機応変に変化させ、最終的に神経突起を正確な標的まで牽引します。これまでの研究により、ガイダンス因子が成長円錐の表面(形質膜)に存在する受容体に結合し、細胞質カルシウムイオン濃度を上昇させることが知られていました。しかし、成長円錐に発生したカルシウムシグナルが、どのような駆動メカニズムを活性化して成長円錐の進行方向を転換するのかは未解決の問題でした。


はじめは球形の神経細胞から突起が伸びる際には、伸びていく突起の表面を覆う膜成分を次々と供給する必要があります。過去の研究から、成長円錐では、細胞内でつくられた膜小胞が形質膜に融合する“エキソサイトーシス”という現象が頻繁に起きていることが知られていました。そこで私たちは、FM1-43という脂溶性蛍光色素を用いて、発生期のニワトリの脊髄から取り出した神経細胞の内部にある膜小胞を標識し、その動きを詳細に観察しました。成長円錐の片側に誘引を引き起こすカルシウムシグナルを人工的に生成したところ、細胞内の膜小胞は成長円錐が曲がる方向(カルシウムシグナル側)に向かって選択的に輸送されました(図2)。 次に、BSI細胞機能探索技術開発チーム(宮脇敦史チームリーダー)が作製したpH感受性蛍光蛋白質を用いて、カルシウムシグナルによって輸送された膜小胞がエキソサイトーシスされるか否かを検証しました。その結果、誘引性カルシウムシグナルにより成長円錐片側に運ばれた膜小胞は、エキソサイトーシスされて形質膜と融合することが明らかになりました。さらに、エキソサイトーシスを阻害する破傷風毒素を用いて実験を行ったところ、エキソサイトーシスできない成長円錐は、誘引性カルシウムシグナルに反応して曲がることができませんでした。これらの実験により、成長円錐での非対称性膜小胞エキソサイトーシスは、成長円錐の誘引性ガイダンスに必須であることが証明されました。


本研究によって、成長円錐が移動する方向を転換するために、新たな進行方向に選択的に膜成分を供給するという極めてシンプルなメカニズムを用いていることが明らかになりました(図3)。この研究結果は、正常発生過程における神経回路網構築のメカニズムに新たな概念を提供するだけでなく、脊髄損傷や各種神経疾患に対する再生医療の開発にも大きく貢献しうる意義のある成果です。

(戸島拓郎)


Takuro Tojima, Hiroki Akiyama, Rurika Itofusa, Yan Li, Hiroyuki Katayama, Atsushi Miyawaki & Hiroyuki Kamiguchi: Nature Neuroscience 10, 58 - 66 (2007)

図2:成長円錐が右側へ曲がる時の膜小胞の動き
図2:成長円錐が右側へ曲がる時の膜小胞の動き。成長円錐(青枠)の右側(黄線の枠内)でカルシウムシグナルを発生させると、小胞が成長円錐の右側に向かって運ばれた(矢頭)。


図3:成長円錐が誘引されるしくみ。誘引性ガイダンス因子(緑)の濃度勾配は、成長円錐片側でのカルシウムシグナル(黄)を誘発する。このカルシウムシグナルにより、成長円錐片側でのみ膜小胞輸送(赤矢印)とエキソサイトーシスが誘発され、その結果成長円錐は進行方向を転換する(黒矢印)。

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