背景

※P:松果体、V:脳室


脳の左右非対称性は進化的に保存された特徴のひとつで、左右で機能分担することにより、効率的な情報処理を行うことができると考えられています。最近の研究から、脳の遺伝子発現や神経結合などに左右非対称性があることが明らかになってきました。それにも関わらず、現時点でこのような機能的非対称性を担う脳構造の発達メカニズムは、驚くほど分かっていません。例えば、細胞増殖、分化、移動、細胞死など脳を構築するどのステップが左右差を形成する上で重要なのでしょうか。この問題に取り組むため、研究チームは、胚の透明性や確立された遺伝学的手法を持つゼブラフィッシュを用いて、左右差を示す「手綱核(たづなかく)」という脳の部位に注目し、解析しました1)。
研究成果
ゼブラフィッシュの手綱核は、左側がより大きな外側亜核(図1左下の赤丸)と右側がより大きな内側亜核(図1左下の緑丸)に分けられ、それぞれに属する2種類の神経細胞集団により構成されています2)。研究チームは、手綱核の誕生のタイミングの違いが、神経細胞のタイプを決めるうえ、左右非対称性形成に関与しているのではないかと考えました。そこで遺伝子導入魚を用いて内側亜核及び外側亜核前駆細胞の誕生時期を調べたところ、外側亜核前駆細胞はより早期に誕生し、内側亜核前駆細胞はより後期に誕生し、それぞれ異なった時期に誕生していました(図1)。
さらに左右を比較したところ、早期に誕生する外側亜核前駆細胞は左側でより多く誕生し、後期に誕生する内側亜核前駆細胞は右側でより多く誕生していることが分かりました(図1)。紫外線照射により緑色から赤色の蛍光に変化するカエデを分化した神経細胞で発現させる実験から、早期に左側で多く分化してきた細胞を標識すると、それらの細胞は後に外側亜核に移動していることを確認しました(図2)。これらの結果は、発生時期の異なる二種類の神経細胞の誕生が左右非対称に調節されることで手綱核の左右非対称な構造が形成されることを示しています。
次に神経細胞の運命決定が誕生時期の違いによりどのように制御されているのかを調べるため、神経幹細胞の分化活性を抑制的に制御しているNotchシグナル注目しました。Notchシグナルの過剰活性化により発生早期の神経分化を抑制すると、本来早期に発生すべき外側亜核前駆細胞の分化が抑制され、内側亜核前駆細胞が左右手綱核で異所的に分化していました(図3C、D)。逆にNotchシグナルが機能しなくなっている突然変異体では、発生早期から神経細胞誕生が促進され、本来左側に多く観察される外側亜核前駆細胞が、右側にも観察されました(図3E、F)。これらの結果は、神経細胞誕生のタイミングが左右非対称な外側亜核及び内側亜核神経細胞の産生を制御していることを示しています。
今後への期待
脳の左右非対称性は、機能分担により情報処理を効率化する一方で、非対称性の方向(右利きや左利き)や非対称の程度(どの程度左右差があるのか)を通じて社会行動に見られる協調性を制御しているのかもしれません。左か右かというデジタルな決定機構に対し、今回明らかになった神経細胞誕生を調節するメカニズムは、どの程度左右の差を形成するのかアナログ式に制御する機構と考えられます。今後、ゼブラフィッシュのようなモデル動物を用いた分子レベルの解析により、脳の左右非対称性による適応行動の制御メカニズムが解明されるものと期待されます。