理研BSIニュース No.38(2008年1月号)

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BSIでの研究成果

脳の右と左の構造の違いを生み出す分子メカニズム

発生遺伝子制御研究チーム


背景

図1:神経細胞誕生のタイミングとゼブラフィッシュ手綱核の左右非対称性
図1:神経細胞誕生のタイミングとゼブラフィッシュ手綱核の左右非対称性。各発達段階におけるゼブラフィッシュ手綱核の横断面(図左)と、神経細胞誕生の時間経過(図右)を模式的に示した。受精後24時間前後にNodalシグナルが左手綱核原基で活性化し(水色)、それ以降、外側亜核前駆細胞(赤)および内側亜核前駆細胞(緑)が誕生し、受精後72時間後に見られる左右非対称な構造を形成する。図右のグラフは、外側亜核前駆細胞(赤の線)および内側亜核前駆細胞(緑の線)の誕生する時期を示したもので、縦軸の数字は受精後の日数を示している。
※P:松果体、V:脳室


図2:遺伝子導入魚による左右非対称な神経分化の可視化
図2:遺伝子導入魚による左右非対称な神経分化の可視化。カエデを発現する遺伝子導入魚により、神経分化の経時的変化(A、C、E、G:背側から見た図)及び手綱核における分化した細胞のその後の位置(B、D、F、H:横断図)を示している。受精後36時間の時期に、標識された神経細胞が初めて左側に現れ(Aの矢頭)、発達に伴って右側での神経細胞誕生が見られるようになる(C、E、G)。カエデを、各発達段階で紫外線照射により緑色から赤色の蛍光に変化させ、光転換で標識された細胞の分布を後で調べると、早期に左側で誕生した神経細胞は外側亜核に分布していた(Bの矢頭)。より後期に光転換で標識された細胞は、外側亜核のほかに内側亜核にも分布していた(D、F、H)。


図3:遺伝子導入魚による左右非対称な神経分化の可視化
図3:神経細胞の分化タイミングの遺伝学的操作による、左右非対称形成の異常。受精後56時間における正常個体(A、B)、Notchシグナルを過剰活性化させた個体(C、D)及びNotchシグナルに異常のあるmind bomb変異体(E、F)の背面像で、左側が外側亜核に発現するleftover遺伝子、右側が内側亜核に発現するrighton遺伝子の発現パターンを示す。正常個体では、leftoverは左手綱核により強く発現しており(A)、逆にrightonは右手綱核により強く発現している(B)。受精後32 時間の段階でNotchシグナルを過剰活性化させると、leftoverの発現が両側で減少するのに対して(C)、rightonを発現する多くの細胞が左手綱核で観察された(D)。逆にNotchシグナルに異常をきたすmind bomb変異体では、leftoverを発現する細胞が右手綱核でも多数観察され(E)、rightonの発現は減少していた(F)。

脳の左右非対称性は進化的に保存された特徴のひとつで、左右で機能分担することにより、効率的な情報処理を行うことができると考えられています。最近の研究から、脳の遺伝子発現や神経結合などに左右非対称性があることが明らかになってきました。それにも関わらず、現時点でこのような機能的非対称性を担う脳構造の発達メカニズムは、驚くほど分かっていません。例えば、細胞増殖、分化、移動、細胞死など脳を構築するどのステップが左右差を形成する上で重要なのでしょうか。この問題に取り組むため、研究チームは、胚の透明性や確立された遺伝学的手法を持つゼブラフィッシュを用いて、左右差を示す「手綱核(たづなかく)」という脳の部位に注目し、解析しました1)


研究成果

ゼブラフィッシュの手綱核は、左側がより大きな外側亜核(図1左下の赤丸)と右側がより大きな内側亜核(図1左下の緑丸)に分けられ、それぞれに属する2種類の神経細胞集団により構成されています2)。研究チームは、手綱核の誕生のタイミングの違いが、神経細胞のタイプを決めるうえ、左右非対称性形成に関与しているのではないかと考えました。そこで遺伝子導入魚を用いて内側亜核及び外側亜核前駆細胞の誕生時期を調べたところ、外側亜核前駆細胞はより早期に誕生し、内側亜核前駆細胞はより後期に誕生し、それぞれ異なった時期に誕生していました(図1)。 さらに左右を比較したところ、早期に誕生する外側亜核前駆細胞は左側でより多く誕生し、後期に誕生する内側亜核前駆細胞は右側でより多く誕生していることが分かりました(図1)。紫外線照射により緑色から赤色の蛍光に変化するカエデを分化した神経細胞で発現させる実験から、早期に左側で多く分化してきた細胞を標識すると、それらの細胞は後に外側亜核に移動していることを確認しました(図2)。これらの結果は、発生時期の異なる二種類の神経細胞の誕生が左右非対称に調節されることで手綱核の左右非対称な構造が形成されることを示しています。
次に神経細胞の運命決定が誕生時期の違いによりどのように制御されているのかを調べるため、神経幹細胞の分化活性を抑制的に制御しているNotchシグナル注目しました。Notchシグナルの過剰活性化により発生早期の神経分化を抑制すると、本来早期に発生すべき外側亜核前駆細胞の分化が抑制され、内側亜核前駆細胞が左右手綱核で異所的に分化していました(図3C、D)。逆にNotchシグナルが機能しなくなっている突然変異体では、発生早期から神経細胞誕生が促進され、本来左側に多く観察される外側亜核前駆細胞が、右側にも観察されました(図3E、F)。これらの結果は、神経細胞誕生のタイミングが左右非対称な外側亜核及び内側亜核神経細胞の産生を制御していることを示しています。


今後への期待

脳の左右非対称性は、機能分担により情報処理を効率化する一方で、非対称性の方向(右利きや左利き)や非対称の程度(どの程度左右差があるのか)を通じて社会行動に見られる協調性を制御しているのかもしれません。左か右かというデジタルな決定機構に対し、今回明らかになった神経細胞誕生を調節するメカニズムは、どの程度左右の差を形成するのかアナログ式に制御する機構と考えられます。今後、ゼブラフィッシュのようなモデル動物を用いた分子レベルの解析により、脳の左右非対称性による適応行動の制御メカニズムが解明されるものと期待されます。


1)Hidenori Aizawa, Midori Goto, Tomomi Sato, Hitoshi Okamoto: Dev Cell Jan. 2007 vol.12 no.1 p87-98
2)Hidenori Aizawa, Isaac H. Bianco, Takanori Hamaoka, Toshio Miyashita, Osamu Uemura, Miguel L. Concha, Claire Russell, Stephen W. Wilson, Hitoshi Okamoto: Curr Biol Feb. 2005 vol.15 no.3 p238-243


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