理研BSIニュース No.32(2006年6月号)

言語切替:日本語 » English

BSIでの研究成果

嗅覚初期段階におけるシナプスの可塑性と統合

神経回路ダイナミクス研究チーム


私たち人間は他の動物同様に見る・聞く・感じる・味わう・嗅ぐという5つの感覚を用いて生活していますが、他の感覚に比べると匂いの感覚(嗅覚作用)には、ほとんど無頓着です。多くの動物とは異なり、私たちの日常生活が嗅覚によってコントロールされることがないため、嗅覚はそれほど重要な感覚ではないと思われていますが、無意識に心に入り込む匂いに、私たちはよりいっそう敏感になってきています。経済において、食品業界はいうまでもなく、多くの日用品における天然・人工的な香料は、今やビッグビジネスとなっています。


図1:嗅覚糸球体(G、点線)における僧帽細胞(MC)のふさのような樹状突起上の嗅神経(ON)シナプスの組織概要図。背景画像はbiocytinを注入した僧帽細胞。


図2:繰り返しの嗅神経(ON)刺激()前後での嗅神経刺激()に対する僧帽細胞(MC)の反応。繰り返し刺激後、もともとの反応(青いトレース)に比べ減少したMC反応(赤いトレース)が見られた。グラフは、MCレスポンスの強度の時間的経過を示している。

特異的な受容器がある他の感覚と同様に、匂いの感覚においては嗅上皮に特定の化学物質に反応する嗅覚器があります。活性化した受容器細胞は、嗅神経(ON)を通じて脳に刺激を伝え、その信号は嗅覚糸球体(G)において、高次脳へ匂いの情報を送り出す僧帽細胞(MC)へと中継されます(図1、図2)


私たちの研究室では、匂いの情報が嗅覚糸球体の嗅神経シナプスから脳に伝達されるシナプスのメカニズムを研究しています。それぞれの糸球体は、数千種類の受容器細胞のうちの一つから入力を受け取ることで、匂い分子の個々の特徴を伝えています。面白いことに、私たちは嗅神経―僧帽細胞間のシナプスが活動依存的な可塑性を示すことを発見しました。嗅神経の活性化は、僧帽細胞で興奮性シナプス後電位を引き起こします。繰り返し(5回/秒を20秒以上)活性化させた場合、嗅神経―僧帽細胞間のシナプスは弱まり、その弱まった状態はその後1時間以上も続きます。シナプスが弱まることで、嗅神経の活性化による僧帽細胞の興奮を弱めます。この発見より、脳が外の世界から受け取る匂いの情報を、嗅覚システムの極初期の段階でコントロールしていると推測できます。さらに、嗅覚受容細胞は約60日しか生存せず、その後は新しい細胞に入れ替わるため、嗅神経シナプスの可塑性は非常に有用です。それによって、嗅上皮と嗅球の間での特異的な軸索の結合を正確に維持することが、一生を通して必要となります。


平行した研究で、電気生理学・イオンイメージングテクニックを駆使して、嗅神経シナプスが僧帽細胞を刺激するメカニズムも調べています。嗅神経シナプスの活性化により、神経伝達物質グルタミン酸が、ふさのような僧帽細胞樹状突起の先端に放出されます。グルタミン酸は、グルタミン受容体自身が形成するイオンチャネル(イオンチャネル型グルタミン酸受容体)だけでなく、いわゆる代謝型グルタミン酸受容体においても間接的にイオンチャネルが活性化されます。両タイプの受容体が、匂い刺激に対して同期や振動した反応を組み合わせることで僧帽細胞を活性化します。特定の匂いに付随する糸球体における僧帽細胞の同期は、匂いへの感受性を高めるようです。僧帽細胞における振動反応の意義はそれほど明らかではありませんが、頻度情報(活動電位発火率の増加)に重ね合わせた時間情報(発火パターンを含む情報)を示してしているのかもしれません。 50年以上も前に、Edgar Douglas AdrianとWalter J. Freemanによる神経の振動や同期の研究の先駆けとなった嗅覚システムは、神経の情報化の性質を調べるためによい場所なのかもしれないのです。


Mutoh, H., Yuan, Q., Knöpfel, T. (2005) Long-term depression at olfactory nerve synapses. J. Neurosci. 25: 4252-4259.
Yuan, Q., Mutoh, H., Debarbieux, F., Knöpfel, T. (2004) Calcium signaling in mitral cell dendrites of olfactory bulbs of neonatal rats and mice during olfactory nerve Stimulation and beta-adrenoceptor activition. Learn Mem. 11: 406-411.
Yuan, Q., Knöpfel, T. (2006) Olfactory nerve stimulation-induced calcium signaling in the mitral cell distal dendritic tuft. J. Neurophysiol. 95: 2417-2426.
Yuan, Q., Knöpfel, T. (2006) Olfactory nerve stimulation-evoked mGluR1 slow potentials, oscillations and calcium signaling in mouse olfactory bulb mitral cells. J. Neurophysiol. 95: 3097-3104.


発行元

  • 理化学研究所
    脳科学総合研究センター
    脳科学研究推進部
  • 〒351-0198
    埼玉県和光市広沢2番1号
    TEL:048-462-1111(代表)
    FAX:048-462-4914
    Email: bsi@riken.jp
  • 掲載の記事・写真及び画像等の無断転載を禁じます。
    すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。