はじめに
ニューロインフォマティクス技術開発チームは、脳の解明を目指すIT時代の脳科学研究を促進・支援する技術開発を進めるべく、2002年に発足した。この間、経済協力開発機構(OECD)の勧告もあり、国際ニューロインフォマティクス統合機構(INCF:International Neuroinformatics Coordinating Facility)が2005年に設立された。これを受けて、日本ノードの立ち上げと運用を担う組織として、BSIに神経情報基盤センター(NIJC:Neuroinformatics Japan Center)の設立が文部科学省によって承認された。米国ではDecade of the Brainプロジェクトが終了し、膨大な予算の下に全米の主要な大学を巻き込んで、イメージングデータや形態データベースなどニューロインフォマティクスに関する研究が展開されてきた。
我が国においても1999年度から5年間、第一線の視覚研究者とともに「視覚系のニューロインフォマティクスに関する研究(NRV:Neuroinformatics Research in Vision)」がパイロットプロジェクトとして振興調整費によって推進された[1]。プロジェクトで開発されたVisiome Platformは、現在、日本ノード[2]の先駆的プラットフォームとして公開・運用されている。
こうした状況の中、チームでは欧米の動向をにらみながら我が国の戦略的展開を目指して、ニューロインフォマティクスに関する支援ツールの開発を進めてきた。以下は主なツールとその現状の紹介である。
ニューロインフォマティクス基盤プラットフォーム:XooNIps
Visiome Platoformは5年間にわたるNRVプロジェクトの成果であり、今後の我が国のニューロインフォマティクス展開の礎と考えられることから、我々はその基本的仕様と機能を踏襲し、新しいプラットフォームの立ち上げを容易にし、さらに操作性、拡張性を改善した基盤ツールXooNIps(ズーニップス)を開発し、オープンソフトとして公式サイトに公開した[3]。
XooNIpsは個人利用から研究室単位での利用、そして公開プラットフォームなど利用者の目的に沿った環境設定が可能な拡張性の高い仕様となっており(図1)、現在、日本ノードでは10近くのプラットフォームが立ち上がっている(図2)。また、慶應義塾大学メディアセンターのKOARA[4]をはじめ、全国の大学図書館や研究機関における機関リポジトリとしての利用も進んでいる。さらに、民間企業においてもD-Spaceなどの市販ツールより使いやすいと好評を得ている。最近、理研においても、研究室のデータベースや機関リポジトリ、統合データベースの基盤システムとしての利用も検討されている。今後さらに、XooNIpsの国際展開も期待しているところである。
個人用デジタルコンテンツ管理ツール:Concierge
最近の日常の研究生活においてコンピュータの利用は不可欠であり、文献PDFや実験データなど大量のデジタル情報が日々生産されている。したがって、これらデジタルデータを個人的に効率よく管理する必要がある。また、そうして得られた研究成果を公開プラットフォームにアップロードし、共有することで研究の促進を図ることは、ニューロインフォマティクスの目的の一つでもある。そこで我々は、研究者による研究者のための個人向けデジタルコンテンツ管理ツール「Concierge」を開発し、フリーソフトとして公開した[5]。 Conciergeは、例えばラボノートをはじめ、PubMed IDを入力すれば、すべての書誌情報(メタデータ)が自動的に挿入されPDFと関連づけて管理したり、XooNIpsとの連携機能により実験データなども効率良く管理・公開することができる(図3)。
作図ツール:Samurai Graph
研究者にとって論文に載せるための実験データや計算結果の作図は、避けて通れない作業である。しかしながら、市販のグラフ作成ツールは研究者用にデザインされておらず、研究者ごとに異なるソフトを使用しているため、互換性や保存上の問題が生じているのが実情である。そこで、思ったことを思ったように画面操作で編集・作図できるツール「Samurai Graph」を開発し、フリーソフトとして公開した[6]。図4は、ここで紹介したツールの利用状況を例として作図したものである。Samurai Graphは公開以来数十万のアクセスがあり、ユーザーから賞賛のコメントも寄せられている。
3次元可視化ツール:3D-SE Viewer
ニューロインフォマティクス・プラットフォームなど、データベースには一般に膨大なデータが登録されている。そこで問題となってくるのは、利用者がそのデータ全体をいかに把握し、必要なデータを簡単に閲覧・入手できるかということである。その一つのツールとして球面埋め込み法に基づく可視化ツールを開発し、その例としてBSI Team-MapをBSIのWEBページに公開した[7]。図5は外球のラボヘッド名と内球のラボのキーワードリストの全ノードをそれらの似具合によって最適配置したもので、マウスによって球の回転やズーミング操作ができ、それぞれのノードをクリックするだけでBSIの研究室をサーチできるようになっている。
今後、3D-SE Viewerを用いてNIJC下の各種プラットフォームのコンテンツの可視化や、理研研究者の成果論文データベースの可視化などへの展開も検討されている。また、毎年1万数千件にも及ぶ北米神経科学学会年次大会の発表アブストラクトとセッション名を、一画面上に可視化する新しいツールの開発が同学会PubMed Plus委員会の下で検討されている。
終わりに
日夜、それぞれの研究に専念されている脳科学者諸兄にとってニューロインフォマティクスとは何ぞやという事かもしれない。しかし、コンピュータやインターネットなしには研究が進まないこの時代、特に研究成果を共有しダイナミックな脳の統合的機能を解明していくためには、今後、ニューロインフォマティクスがいかに重要であるかご理解いただけることと思う。勿論、インフォマティクスは脳科学に限定された分野ではありえない。学術論文や実験データなど関連する電子情報の公開は、あらゆる科学技術の分野において必須の時代になってきている。また、機関リポジトリは知的財産の管理という側面を持つことからも、今後ますますその重要性が高まっていくものと考えられる。ここに紹介したツール群が各位の日頃の情報管理などのお役に立てれば幸いである。