1990年代からの脳科学の爆発的進展により、ミクロからシステム、そして社会の中で生きる人間を貫く総合的人間科学としての脳科学が出現しつつあります。これからの10〜20年の間に、脳科学は広く国民の知的興味をかき立てる壮大な基礎科学の大系を築くとともに、人間社会の現実的諸問題に解決の手掛りをもたらす、基礎科学と応用科学が融合した新しいタイプの科学に進化すると期待されます。物質的豊かさを実現する一方で、精神的混迷を深める日本社会にあっては、人間を科学する脳科学の使命は特に大きいと考えます。脳科学は人間とは何かを示し、神経・精神疾患・発達障害の原因を明らかにして治療法と予防法開発の方針を示し、発達・学習に関わる脳の原理を明らかにして養育と教育へ指針を示し、情報処理システムとしての脳の基本原理を明らかにして工学的応用への可能性を示すことによって、人類社会の発展に貢献するものです。
理化学研究所脳科学総合研究センター(BSI)は、1997年の創立以来、脳科学の最重要かつ最先端の領域に優秀な研究集団を集め、国際化と柔軟な組織運営により領域融合的な研究を行い、世界有数の脳科学の研究センターに発展してきました。これからの5年間、BSIは融合的研究体制をさらに強め、心と知性への挑戦、回路機能メカニズム、疾病メカニズム、先端基盤技術研究の4つのコア体制でさらなる飛躍を目指します。
早いもので、私がセンター長に就任して5年が経ちました。BSIを創立した伊藤正男所長の後を受けて、この大任を引き受けたときは身のしまる思いがしました。科学者の楽園であり、世界に注目されている理研の脳科学総合研究センターをただ守るだけでなく、よりよいものにしていかなくてはなりません。
しかし、順調には行かないのが世の中です。このころから予算の削減が始まり、それは今も続いています。そのため、この5年間、私はいろいろな工夫をしてまいりました。予算の配分方式の変更、若手の登用、大学との連携、理研BSI—オリンパス連携センターや理研BSI—トヨタ連携センターの設立などの新しい試みです。
BSIの皆さんは、この間私をしっかりと支え協力してくれました。その上に、こうした不利な状況にもかかわらず、BSIの研究が世界に認められ賞賛されるすばらしい活躍を見せてくれました。科学者の楽園とは外見ではなくて、その中で働く一人ひとりが使命感と情熱に燃え、いかに働きがいがあると感じているかでしょう。皆さんに感謝したいと思います。
21世紀は脳の世紀です。脳科学が基礎的な生命科学であることはもちろんですが、それは同時に情報の科学であり、心の科学、そして人間の科学なのです。
今、新しい5カ年の中期計画の時期を迎え、BSIも装いを一新して次の10年に向けて新しい羽ばたきを開始します。私も、その飛躍を期待を持って見守りたいと思います。