理研BSIニュース No.22(2003年11月号)

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BSIでの研究成果

光で特定の細胞をラベルする技術

細胞機能探索技術開発チーム


1.背景

細胞生物学研究分野では、生きた細胞を標識するのに、例えばオワンクラゲ由来のGFP(Green Fluorescent Protein)のような蛍光蛋白質が用いられています。自ら発色団を形成することができるので、遺伝子を導入するだけで細胞を光らせることができます。しかし、複雑な細胞集団の中で、任意の時期に任意の細胞を標識することはできません。


自己複製能及び多分化能を有する幹細胞に由来する細胞は、分裂を経て、さらに回りの環境の影響を受けながら分化、移動し、様々な機能を発揮できるようになります。その過程を詳細に解析するためには、ある特定の時期に特定の細胞をマークして追跡する必要があります。しかしながら、現在用いられている技術の一つであるウイルスベクターを用いたGFP導入などは、確率的な要素が強く、マーキングの時間的空間的な精度が十分ではありません。また、脳神経系の組織の中で、神経細胞同士は長い突起を伸ばして連結し、回路網を形成しています。このような回路網の仕組みを解析するには、特定の神経細胞の輪郭をトレースすることが必要です。ところが、突起が非常に複雑に絡みあっているために、通常の光学的観察ではまず不可能です。従来は、注目する神経細胞にガラス電極を刺してルシファーイエローのような蛍光色素を注入することで、その細胞の全体像を掴んでいましたが、より簡単で非侵襲的な技術が求められていました


図1:都会のサンゴショップの水槽の中で色彩豊かな蛍光を放つヒユサンゴ


図2:緑状態(A)と赤状態(B)のKaede蛋白質の励起(点線)・蛍光(実線)スペクトル。写真はチューブに入ったサンプルを示す。


図3:培養したラット海馬神経細胞に適用した、Optical Marking技術 (A)マーキング前の画像。 (B)半導体レーザー(405nm)で、上(矢印)、下(矢頭)の細胞(細胞体)の一部に0.5秒、0.25秒間の照射を行った後の画像。スケールバーは50µm。

2.新たに得られた蛍光蛋白質、Kaede

研究チームは、新たな特性を持つ蛍光蛋白質の遺伝子をクローニングするため、蛍光を発する刺胞動物を、沖縄諸島のサンゴ礁から東京下町のサンゴショップに到るまで捜し求めました。ヒユサンゴ(図1)は、彩り豊かなイシサンゴの一種で、緑、黄、赤の蛍光を発します。このサンゴからクローニングした蛍光蛋白質は、当初は明るい緑色の蛍光を発していました(励起極大508nm、蛍光極大518nm;図2A)。ところがある日、たまたま蛍光蛋白質のサンプルを窓の近くの実験台に放置したところ、翌日赤く色が変わっているのが観察され(励起極大572nm、蛍光極大582nm;図2B)、紫外(UV)光によって波長が変換する特性(photoconversion)を有することが発見されました。この蛍光蛋白質は、緑から赤に変わることから、「Kaede」と命名されました。赤色化したKaedeは、元の緑の状態と同様に明るく安定です。また、このphotoconversionは簡単かつ特異的に達成できます。すなわち、通常のXeランプから取り出したUV光を短時間照射するだけで十分であり、緑や赤の蛍光を観察するための励起光では決して photoconversionは起きないことが証明されました。このことからKaedeのphotoconversionが、光によるマーキング技術として威力を発揮することが予想されました。


3.Kaedeによる研究成果

Kaedeを発現させたHeLa細胞を用いた実験で、UV光の連続照射によって赤/緑の強度比が照射前の2,000倍まで増大すること、赤色化した Kaedeが速やかに細胞全体に拡散する(拡散係数は29um2/sec)ことが確認され、細胞マーキングへの有効性が示唆されました。すなわち、注目する細胞のほんの一部に、ほんの短時間UVを照射するだけで、その細胞全体の色を赤色に変えることが可能なわけです。軸索や樹状突起が互いに絡み合う高密度神経培養の系において、まず全体の神経細胞にKaedeを発現させて緑色にラベルした状態が図3Aです。次に、紫色レーザー(405nm)を特定の神経細胞の細胞体に時間を変えて照射したところ、突起先端まで赤く、あるいは黄色くマーキングされるのが観察されました(図3B)。その細胞に絡みついていた隣の神経細胞は緑のままで、両神経細胞間での接着部位を明瞭に可視化することができました。


4.今後への期待

今回の、光による細胞のマーキング技術は、三次元的に複雑に絡み合ったり変化したりする細胞集団の中で、"個々の細胞がどのように突起を伸ばしたり移動するか"を解析する上で威力を発揮します。このマーキングは、通常の光学顕微鏡システムで十分行えるため、この技術は広く普及することが予想されます。さらに、Kaedeを体全身で発現するような形質転換動物の作製と、レーザーを始めとした最新の光照明技術と組み合わせれば、より生理的な状況で詳細に解析できるはずです。これまでの蛍光蛋白質を用いたライブイメージングの幅を大きく広げると共に、発生過程、脳機能の解明や疾病などのメカニズムの解明にも大きな手がかりを与えることが期待されます。現在、カエデを材料として、photoconversionの分子機序を調べており、その知見を基に photoconversion技術が大きく発展すると期待されます。


Ryoko Ando, Hiroshi Hama, Miki Yamamoto-Hino, Hideaki Mizuno, and Atsushi Miyawaki PNAS 2002 99: 12651-12656


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