理研BSIニュース No.24(2004年5月号)

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BSIでの研究成果

XBP1のフィードバック制御機構障害が躁うつ病の遺伝的危険因子となる

精神疾患動態研究チーム


「一卵性双生児で一人だけ精神疾患を発症した人たちでは、ゲノムが違うはずだ」と世界で初めて発想したのは、今回の論文の共同研究者でもある、現三重大学の岡崎教授である。常識に真っ向から立ち向かうこの発想に感銘を受けた私は、一卵性双生児統合失調症不一致ペアでゲノムの違いを示唆した1998年の彼らの論文以来、躁うつ病に関して不一致な一卵性双生児を研究することで、躁うつ病(双極性障害)の原因を突き止める研究に惹かれていた。しかし、そのような患者さんは実際にはまれである上、わずかなゲノムの違いを同定する方法もなかったことから、研究に取りかかることはできなかった。理研BSIに職を得て、研究員の垣内さんが「双子の研究をやりましょう!」と提案した時、私も覚悟を決めた。私たちにとって理研BSIは、数万の遺伝子を一網打尽に調べることができる新技術「DNAマイクロアレイ」を使って双生児の遺伝子の違いを見つけだすという、念願の研究が初めて実現できる夢のような場所だったからである。


それ以来私は、学会に行くたびに、「双子の躁うつ病患者さんを受け持っていませんか?」と知り合いに聞いて回った。同窓会で挨拶に指名されて、「ところで、双子をお持ちの先生は…」などと、場違いなお願いをしたこともあった。何しろ躁うつ病は、一卵性双生児だとほとんど2人とも発症してしまう。だからこそ意味があるのだが、そう簡単に出会えるものではなかった。しかし、地方の小さな研究会の懇親会で、「え?双子で不一致の患者さんなら担当しているよ」と言われた時、初めてこのプロジェクトが現実になった。


図1:一卵性双生児ペアにおける遺伝子発現量の違い
1つひとつの"+"印が遺伝子1個に対応している。健常一卵性双生児どうしの比較(左)では、遺伝子の発現量に顕著な差は見られない。一方、同じく一卵性双生児でも、1人だけが躁うつ病を発症したペアで発現量を比べると(中)、発現量が異なる遺伝子の数が多い。2ペアで共通に低下していた遺伝子に、 XBP1とGRP78が含まれていた(右)。


図2:左:(1)傷ついた蛋白質が小胞体に蓄積すると、その修復のため小胞体シャペロンが消費される。
(2)小胞体シャペロンが消費されると、これを感知したATF6蛋白質が活性化される。
(3)活性化したATF6蛋白はXBP1遺伝子の転写を促進する。
(4)XBP1のメッセンジャーRNAは、IRE1により切断された後、活性型XBP1に翻訳される(5)。
(6)活性型XBP1蛋白質は、XBP1遺伝子自身に結合して転写を促進すると同時に、小胞体シャペロンを増やし、蛋白質の修復を行う。
この自らが自らを増やして効率よく反応をすすめるシステムをXBP1ループと呼ぶ。
中:XBP1遺伝子上流にある、XBP1結合配列がCからGに変わる個人差により、XBP1蛋白質が結合できなくなり、XBP1ループの機能が低下する。XBP1ループの機能低下は、気分障害を引き起こすと考えられる。
右:気分安定薬の一つであるバルプロ酸は、XBP1ループを動かす分子であるATF6を増加させることにより、XBP1ループの機能障害を代償する。

2001年6月に着任した垣内さんは、躁うつ病に関して不一致な一卵性双生児2ペアの方々からいただいた血液から細胞を培養して、その遺伝子発現をDNAマイクロアレイで調べ始めた。その結果、躁うつ病の連鎖部位として知られる22q12にあるXBP1遺伝子と、XBP1が発現を誘導するGRP78という、2つの小胞体ストレス経路の遺伝子がセットで低下していることがわかったのである。GRP78が躁うつ病の治療薬で上昇することが既に報告されていたので、この系が躁うつ病と関係する可能性は十分考えられた。


小胞体ストレスとは、傷ついた蛋白質が細胞内にたまったとき、これを修復する分子を増やす働きのことである。細胞に小胞体ストレスを与える実験により、躁うつ病患者と健常者の間で反応に差があることがわかったため、その原因を探索していくと、XBP1遺伝子の上流に、XBP1蛋白質自身が結合することにより、自分の発現を制御している配列があり、この配列の個人差により、細胞の小胞体ストレス反応が変化することがわかった。


躁うつ病の原因の一つが小胞体ストレス反応の低下だとすると、気分安定薬はどのように作用するのだろうか? 細胞を気分安定薬と共に培養して調べてみると、気分安定薬の中でもバルプロ酸だけが、この遺伝子多型により低下した小胞体ストレス反応を回復させることがわかった。


今回の結果が世界中の研究室で確認され、それに基づいた臨床研究が行われれば、ひょっとして気分安定薬の効果を事前に予測する検査が開発できるかも知れない。また、今まで不明であった気分安定薬の作用機序が特定できれば、新しい薬の開発にもつながる。


14年間躁うつ病の研究を続けてきた私にとって、今回の結果は、初めて患者さんに還元できる可能性がありそうだ、と思えるものであった。また、精神疾患研究者以外の研究者の方々からの反響にも驚かされた。精神疾患という難しい対象もいつかは解明できる日が来るはずだ、という期待を持てるようになったことが、実は今回の最大の収穫だったのかも知れない。


Kakiuchi C, Iwamoto K, Ishiwata M, Bundo M, Kasahara T, Kusumi I, Tsujita T, Okazaki Y, Nanko S, Kunugi H, Sasaki T, Kato T(2003)Impaired feedback regulation of XBP1 as a genetic risk factor for bipolar disorder. Nature Genetics 35: 171-175.


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