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第3回 将棋と脳

将棋棋士 西尾 明 五段

筆者近影  脳型コンピューター

 先日、ソフトバンク孫社長の「新30年ビジョン発表会」をUstreamで何気なく見ていた。そこでは2018年頃にはCPUの中にあるトランジスタ数が人間の大脳の神経細胞数約300億個を超え、30年後には約10万倍になると予測。さらに300年後には人間の平均寿命が約200歳になり、お互いにテレパシーでやりとりする、などと一昔前ならばSFの中でしか登場していなかったような話が現実的なものとして語られていることにとても驚いていたのだが、その中で気になる単語が飛び込んできた。「脳型コンピューター」。
 「脳型コンピューター」とは知識となるデータや知恵となるアルゴリズムを自主的に身に付けて判断を下す、より人間に近付いたコンピューターらしいのだが、この話を聞いたときに私は即座に被験者として参加している「将棋棋士の直観の脳科学的研究」プロジェクトのことを思い出した。と言うのも、「直観」=物事を即座に感じ取って判断する能力であり、これは人間にあってコンピューターにないもの、つまり「脳型コンピューター」が最も必要としている要素であると考えたからだ。
 3年程前に将棋界で渡辺竜王vsボナンザ(将棋ソフト)という企画があった。コンピューターが人間の実力を超えるかということで世間的にも大きな注目を集めたのだが、結果は渡辺竜王の勝ち。そのときのボナンザは1秒間になんと約400万局面も読むと言われていた。逆に棋士が対局中どれくらい考えているかと言うと、直線的な変化は約10~20手、その中で他に可能性のある変化を探り、樹形図のように網を広げていくと大体100~200手ぐらいになる(よく聞かれる質問で、私はこう答えている)。では、なぜこれだけ読む量に差があるにも関わらず、人間が勝利したかということになるのだが、そこには「直観」が大きな役割を果たしていたと言わざるを得ない。幼少の頃からの何千、何万回という訓練の中で身に付けた人間の脳内の強固な神経ネットワークが圧倒的な演算能力を誇るコンピューターを上回ったのだと。
 そして、この「直観」をコンピューターが身に付け始め、脳型化してくれば、ますます進む情報化社会の中でより焦点が絞られた環境でデータやアルゴリズムを自己構築し、様々な場面でその能力を発揮することと思う。そうした人類の発展に繋がる壮大なプロジェクトの中に被験者として微力ながら参加させてもらっていることに、幸せを感じている。

 
 
独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター 将棋思考プロセス研究プロジェクト(将棋プロジェクト)