ホーム > エッセイ

プロジェクトエッセイ:プロジェクトに携わるメンバーからの新規記事やエッセイなどをご紹介しています。

第6回 リズムでつながる脳、そして

山口 陽子 独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

筆者近影  私は学生の頃から今に至るまでリズム現象を調べている研究者です。リズムとはそもそも出来ごとを繰り返すという単純なことです。ところが、その単純さのために、どこにでも現れて広がることができるために、本来関係ないと思っていたものまでつないで、大きな力になることもあります。私たちが健康に生活している時は私たちの体のリズムと社会のリズムがうまく同期している時です。複雑化し変動し続ける社会の中にあって、人間は自分のリズムを見つけてうまく揃えて生きて来たということもできます。
 脳の中では神経細胞一つ一つ、さらには1000億の神経細胞の集団にまで、様々な速さと様々な空間的の広がりのリズムが共存しています。人間の脳がある刺激に応答する場合、さらには創造的な活動を営む場合に至るまで、脳のリズム活動が生まれたり消滅したりしている様子が、最近の脳研究で急激に明らかになりつつあります。
 今回の将棋プロジェクトでは私のチームからは中谷さんが脳波を測って解析をする実験で参加しました。その結果でもやはりリズムの出方と脳の働きは関係しているようです。例えば思考と記憶に関係して脳の広い範囲の活動をつなぐ役割としてシータリズムという8ヘルツくらいのリズムが知られています。思考という高度な作業がこんな遅いリズムで行われるのは、計算機の性能がその速さで競われることと比較すると、実に不思議なことです。
 直観が働く場合、人間の脳は素早く答えを出しますが、それは速度そのものというよりはゆっくりと、しかし脳の広い範囲が揃って活動できるところに秘密があるようです。
 私たちの心の働きが、それぞれの歴史やさまざまな状況によってどのように違うのかは、このようにリズムという単純な現象の構成としても理解が可能になるのです。複雑な社会の中で、異なる環境、異なる価値観を持った人がどうしたら幸福に生活できるのかという問いに対して脳のリズムから答えが見えるかもしれない、そんな期待をするこの頃です。

 
 
独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター 将棋思考プロセス研究プロジェクト(将棋プロジェクト)